悲鳴の雨を抜けて

今日話題に上がったので少し
いつもとかなり違うこと書きます
亜米利加のものが有名で、日本でもやるややらざるや云っている『陪審員制度』ですが
私はこの制度にかな〜り疑問を感じています
考えてみて下さいな
法の勉強もろくにしたことがない上に、ワイドショーとかで一喜一憂しているような町のおばさまや、「あの人は悪人顔だから有罪じゃない?」とか考えてる適当な人やなんかに裁きをゆだねるのって、嫌じゃないですか?
実際のところ、本場亜米利加でも、陪審員にアピールしただけの(そして往々にして金がある上に有罪の可能性が高い)弁護団の意見が通ったり、実際には無罪なのに弁護側の陳述のときに陪審員が寝てて聞いてなかったが故に聞いてもらえなかった・・・とか
そういうのが実際結構あるそうなのです
中世の魔女狩りじゃあるまいし「アイツが怪しそうだからアイツ有罪にしようぜ」なんて考える可能性を否定出来ない「一般人からランダムに何人」システムは何か非常に釈然としないものを感じませんか?
因みに私は、もし自分なら自分に裁かれるのは結構嫌だと思うのですが・・・
以上、長い割に内容が無い(内容が無いのはいつもか)文章ですが、この疑問に旨く説明付けてくれる人。議論とかしてみたい人は掲示板にでもカキコください